萬古清風

嶋 野 栄 道
(ニューヨーク大菩薩禅堂・金剛寺)

『吉永邦治の世界』は「マンダラ」の世界である。

高野山大学で学んだ吉永さんだから、マンダラについては詳しいはずだ。その吉永さんが、所謂の曼荼羅図ではなく、シルクロードのほとりの画のなかに、マンダラの世界を現代的に凝縮したのが占永芸術であり、その尽きせぬ魅力の原点だと私は思う。そこには命があり、音楽があり、詩情があり、上等なお濃茶をいただいた時のような後味が残る。

画集で『アフガンの男』(油1977)を見た時は、あまりの雄渾さとその画の持つ気品に文字通り息を呑んだ。

「慈眼視衆生」という言葉が観音経の中にあるが、作者のやさしいお人柄があの画を世に出したのであろう。後世に残る傑作である。今時、こんな画を描く男が、同じ地球上で同じ空気を吸っているのかと思っただけで、その日は一日とても愉快だった。眼を閉ずれば、そこは晩年のベートーペンの世界と溶け合い、眼が耳となり、耳が眼という内外打成一片(=ないげだじょういっぺん)の境地に入る。

「富士には月見草がよく似合う」と言ったのは太宰治だが、「アフガンの男」にはベートーベンが実によく似合う。

初めて吉永さんにお会いしたのは、東京のホテルだった。コーヒーを飲みながら、一時間もしないうちに、このやさしい男が、十年の知己のように思われた。そこには安らぎがあり、こんな画を描く情熱は気振りにも見られなかった。

「赤い雲」という作品が私の書斎に掛かっている。この画を見ていると、芭蕉の名句
八月や峰に雲おく嵐山が連想され、伽羅の銘香さえ聞くことができるようだ。

道元禅師の頌に「昨夜清風太虚より落ち、朝来柏樹立ちどころに成道す」というのがある。清風が落ちる世界は、常識的な頭脳を遥かに越えた「文学的マンダラ」の世界である。吉永さんのバラエティにとんだ作品群から受けるインパクトは、この「遊び」の妙味であろう。そこには清風が太虚から落ちても微動だにしない閑けさがある。落ちようのない、聴こえようのない、見えない、書けない、話せない、手のつけようのない境界-これが吉永邦治の世界である。

禅語に「一曲両曲人の会するなし、雨過ぎて夜塘秋水ふかし」というのがあるが、さしずめ、曲調が高尚、深遠過ぎて、俗耳の窺い知るところではない、秋水只満々、夜塘只寂々たる世界を謳いあげたものであろう。

それは、東洋とか西洋とか、古代とか近代とか、我々が勝手に分けて考えている世界を超えた、何億光年というかなたの星の風光であり、同時にオリエントの姿であり、ニューヨークの現実でもある。つまり心の多様性と人間の慈悲の無限性を絵画という手法で表現し、吉永さんは我々に「目覚めよ 目覚めよ」と鋭く追っている。と言ったら誉め過ぎだろうか。私の本音である。

1998年秋

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