1984年8月15日(水) 読売新聞 夕刊

1984年8月15日(水)読売新聞

白と赤の十字路

スペイン、ベルギー、ドイツ、フランスと西欧の各国を巡り、さらにネパール、インド、セイロン、東南アジア、パキスタン、アフガニスタン、中国大陸、朝鮮、などを旅行した一画家の美術紀行「白と赤の十字路」吉永邦治著(京都書院刊、二千八百円)が刊行されている。著書は昭和十九年生まれ。同四十四年ドイツに留学。高野山大学卒業。仏教美術専攻。故山口長男画伯に師事。
この本の副題は、「ある芸術家の西洋美から東洋美への旅」旅行後十五年ほどして発表された五百ページを超す力作。「白と赤の十字路」とは何かは一口にいい難い。著書は西洋世界と東洋世界の旅行のあと高野山に登る。ここで空海を体験してマンダラ世界を知る。「白と赤」とはここにおいての産物であろう。同書の中で「しかし美術においても、白界と赤界を基本に合体がつながっているとの認識を発見してからは、今までの自分とは違うように思えてきた」と述べている。といってもお堅い論文集ではないから、画学生のの世界漫遊記としても楽しめよう。「ロンドンのドラキュラ―」や「エジプトの三人の盗賊」などエピ―ドは思わず笑いを誘う失敗談だ。ロテ・セリ先生との出会いは著者の率直な人柄によるものだろう。吉永は西洋にきたからには「西洋人に変身しよう」と試みるが思うようにならない。一美的巡礼者が異文化に遭遇して戸惑い、その克服に向かうまでの精神の遍歴を見ることができる。鈴木 敬 編集委員

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